もちもちパンダ/

介護家族の悲鳴 その8

「在宅介護」「地域包括ケア」では、医療従事者の話ばかりが出てくる。しかし、現実を見ると、実際の介護者は家族が7割(うち6割は同居)、医療介護従事者のみで本人を支えているのは1割程度に過ぎない(厚生労働省調べ)。しかし、そんな家族がどんな状況に置かれているかがすっかり見落とされているのが問題だ。 

 書いてきたように、筆者は関西に引っ越ししたばかりで地域に知り合いがいない中、共働きで3歳の息子を育てながら、かつ車で4時間以上かかる遠方にいる親の遠隔介護をしている。典型的な「ダブルケア」世帯だ。 

 そして筆者の場合、うつ病で休職している夫の世話が加わっている。夫は、パワラハラ上司によって1年以上苦しめられ、ある日突然会社に行けなくなってしまった。それ以来、ずっと休職して自宅で療養中だ。最初は身体介護が必要なほどうつ状態は重たかった。 

 ダブルケアに夫のうつ、ダブルどころかトリプルケア状態だ。特殊なケースではと思われるかもしれないが、様々なデータを見ていると、そうでもないような気がしてきた。 

うつ病は日本の5大疾病となり、すっかり国民病として定着している。国内にうつ病を含む気分障害の患者数は約112万人(厚労省平成26年「患者調査」)で、日本の人口の9%を占めている上、うつ病患者の割合は年々増えている。自分の周りちらほらいてもおかしくない数字だ。 

さらに、こちらも一般的な言葉となった「パワハラ」「セクハラ」などの、嫌がらせを表す「ハラスメント」。都道府県労働局などに寄せられるハラスメントの相談件数は2016年で約7万件と毎年増加で推移している(厚労省2016年度職場のパワーハラスメントに関する実態調査)。公的機関に届けられるのはよほど重大なケースか内部告発かで、氷山の一角だ。そう思えば、夫のように社内で内密に取り扱われて処理される、もしくはもみ消されるなど表面化していないハラスメント事例がそこら中にあることは想像に難くない。 

その一方で、内閣府は母親の子育ての孤立化を解消しようと「イクメン」を推進し、ポスターを作るなどして男性向けに啓発を進めている。「イクメン」ポスターでは、日本の夫の家事・育児時間がスウェーデンの201分、ノルウェーの192分などと比較して67分と短いことが示されている。ポスターでは「男性の暮らし方・意識が変われば日本も変わる」、「日本人男性も世界レベルの家事メンに」として、2020年までに150分まで、つまり男性個人の努力によって現状より1時間23分伸ばすことが目標とされている。 

しかし、そんなことは可能なのか。OECDの調査では、2016年の日本人1人当たりの年間労働時間は1713時間、ノルウェーは1424時間、スウェーデンは1621時間。そもそも日本の労働時間はこれらの国と比較して長い。男性の一日あたりの「自由時間」(総務省2011年社会生活基本調査)を見るとノルウェースウェーデンに比べて1時間以上短かった。そもそも日本は労働時間が長く、家事や育児に使える時間が少ない国なのだ。 

特に昨今では、ブラック企業問題や過重労働による自殺などが取り沙汰され、政府が働き方改革に乗り出すほど日本の長時間労働は社会問題化している。そんな中で、男性に育児家事をもっとやれという「イクメン」ブームは、ただの体育会系精神論のゴリ押しではないか。 

夫は休職する前、朝早く出掛け、終電による帰宅や会社近くのホテルでの宿泊、土日出勤も当たり前だった。さらに上司からの1年以上にわたるパワハラ。それでも、休日は息子の面倒を見ようと頑張ってくれていた。そんな夫が慢性的なストレスと苦痛から逃れようと、日曜の朝からビールを飲み、酔っぱらって寝ているのを、私は見てみぬふりしかできなかった。うつ病を起こして当然の状態だったろう。そして夫のような話は、決してめずらしくないのではないか。 

そして私は夫と息子の世話に追われながら、親の様子を見に実家への帰省もした。おまけに当時の私は、以前働いていた会社の経営不振により事業所都合解雇となったばかりで、経済的な不安を抱えていた。誰よりも、自分が壊れそうだった。当時2歳の幼い息子に、何度も怒鳴って当たり散らしたりもした。その頃の私は、気付けばいつも泣いていた。このような状態の家族が、要介護者を支えるなど、在宅介護など、できると思うだろうか?(ぱんだ)