もちもちパンダ/

介護家族の悲鳴 その4

介護と育児の「ダブルケア」
 

実家からの帰宅後、ようやく3人分の食事を用意し終え、ようやく皆でご飯を食べる・・・。と言いたいところだが、ここでいったん私はリビングに大の字になって体を横たえる。なんとか3人分の料理までは作ったものの、早朝からの農作業や家の片付け、長時間の運転、息子の世話、また父の尿失禁という精神的ショックなどで疲れた私の体はとうに悲鳴を上げている。座ってご飯を食べる力が湧かないのだ。

 息子に食事を食べさせるよう夫に頼み、私はしばらく体を横たえる。そして、この後にやらなければいけないことを来週の予定も含め、頭の中で高速シミュレーションを始める。体は休めるが、脳は決して休まない。やることが多過ぎて、休むことなどできないのだ。

 私がご飯前に体を休める理由はもう一つ。ご飯を食べたら息子がうんちをする可能性が高い。そうすると風呂に連れていかなければいけない。実家で遊んだ息子は汗だくだから、うんちを処理するついでに、風呂で体も洗ってしまいたい。しかし、3歳児にとって風呂は遊び場。私はまた疲れることになる。動物のお人形や水鉄砲、シャボン玉とあらゆるおもちゃがあり(ないと入ってくれない)、風呂に入ったからと言って、素直に体や頭を洗うわけがない。いつまでも「遊べ」とだだをこね、長いと1時間入っていることなどザラだ。風呂に1時間も入れば、どんな大人でも疲れるだろう。私の場合は風呂上がり後、頭の上に保冷剤を置いて休む時すらある。それほど3歳児との風呂は私にとって“苦行”なのだ。

 その後の歯磨きも苦戦する。3歳児にしては体が大きく力も強い息子(体重16kg)は、歯磨きが大嫌いで、私が抑え付けてでも磨こうとすると、漁師が釣り上げた鮮魚のごとくビチビチと飛び跳ねて抵抗する。「そんなに嫌なら歯磨きをせず虫歯になってしまえ!」と思うこともあるのだが、3歳児が歯医者でおとなしく治療など受けるわけがない。知人の歯医者に聞いたところ、乳幼児は歯医者での治療を嫌がって暴れるため、拘束することもあるらしい(医療機関によるだろうが)。全身麻酔というのもどうかと思うし、確かに拘束しか方法はないだろう。そんなことを考えたら、息子を歯医者に連れていくのは時間もかかるし面倒なので、磨くしかない。歯磨きにも1時間かかることもしょっちゅうだ。

 そして絵本を2冊読んでやって、寝かしつける。この本読みだって、本気で読まなければ息子は許してくれない。息子の大好きな「アンパンマン」を読むときは、「アンパーンチ!」と本気で大声で読み、「バイバイキーン」と情けない声を出してやらなければ「ママ、もう一回」と静かに読み直しを要求してくる。子どもは、大人が本気で自分と向き合っているかをしっかりと見抜いている。だから、最初から力を入れて相手をする方が何事も早く終わるのだ(すべてに力を入れてなどいられないが)。

 夕飯を食べさせる→うんち→風呂→歯磨き→寝かし付け。この一連の作業(しかも毎日)にどれほど世の中の母親たちが疲弊させられ、あの手この手で苦戦しているかは、Googleで「2歳 歯磨き」などと検索すればすぐ分かる。知恵袋や発言小町などの質問系サイト、また育児系サイトに似たような相談が星の数ほど掲載されている(またその返答も玉石混交)。ママ友同士で話すことがあれば、「寝かしつけどうしてますか、歯磨きどうしてますか」とかそんなことばかりだ。

 この一連の大変な作業があるからこそ、夕飯前に私は横たわり、少しでも体力を回復させる必要がある。これからの息子との戦いに少しでも力をためておかねば。夫は息子に食事を食べさせることぐらいはしてくれるが、風呂などについては戦力外だ。私がやるしかない。

 そして寝かしつけが終わるのは22時半頃。ここで寝落ちしてしまう母親も多いと思うが、私の脳内では常に「あれをやらなければいけない、これもある」とぐるぐるとtodoリストが渦巻いており、全く寝られない。息子が寝たと思ったら、静かに寝室を出て、自分の仕事部屋に行く。そしてtodoを全てスケジュール帳に書き出して、来週の仕事育児家事の動き方を整理する(夫の食事の用意も含め)。特に今週の重要事項は、月曜朝一で、ケアマネジャーに父の尿失禁、そして母の尿漏れなどについて相談すること。ここまでやって、ようやくほっと一息つける。

 ここで私はほんの少しだけ、自分の時間をとる。寝る前の15分間、スマホゲームをするのだ。この時ばかりは、頭を真っ白にできる。仕事、介護、育児、家事、全部忘れて頭を完全にリセットできる。ただやり過ぎると興奮して眠れなくなるから、15分ぐらいに留めている。どんなに疲れていても、これだけは私にとって必要な時間なのだ。スマホゲームでも、漫画でも、なんでもいい、誰にも邪魔されず、頭を真っ白にできる時間がほんの少しあれば、それでいい。むしろそれがなければ、私はバランスを保てない。仕事家事育児介護だけの生活になんてなったら、今度は私がうつで倒れる。

 そしてクタクタになった体を少しストレッチして、体も緩める。そしてそれでも冷めない興奮状態を収めるため、睡眠導入剤を少しだけかじって、眠る。

 親の介護と3歳の息子の育児、遠隔介護をしている私にとって一番疲れるのは、週末なのだ。結婚するまでは、週末が楽しみで仕方なかったのに、最近では週末が一番つらい。精神的にも体力的にも最も疲れる。月曜日は週末の疲れを持ち越していることも多い。

 私が寝付くころには日付は変わっている。そして翌朝からはまた一週間が、仕事が始まるのだ。

 今の私のこの状態は、一般的に「ダブルケア」と呼ばれている。横浜国立大学大学院相馬直子准教授が、高齢出産を背景に、育児期と親の介護が重なる世帯が増えている現状を指摘した言葉だ。

 相馬准教授らが2016年に行った、全国の大学生以下の子どもを持つ父親・母親2100人を対象にした調査では「ダブルケアを経験した人」は6.5%、「ダブルケアが自分事の問題である人」は13.5%いた。ダブルケアで負担に感じることは、「精神的にしんどい」が最多で59.4%、「体力的にしんどい」55.8%、「子どもの世話を十分にできない」51.4%、「親/義理の親の世話を十分にできない」47.8%、「経済的負担」47.1%などがあった。

 私自身も、35歳で出産した高齢出産だ。また、私の両親も自分たちが40歳の時に私を授かっている。このため、私の周囲の友人たちに比べると、親の年齢が高い方になる。今はまだ二人が老々介護でなんとかやってくれているからいいが、どちらかの状況が悪くなったら次の段階を考えなければいけない。(ぱんだ)