もちもちパンダ/

「白衣を着た薬剤師より、栄養士の方が親しみやすい」~食・薬連携という面白さ

11/15発行号の「薬局発NPOの『測定会』に企業が殺到」を書いたのは筆者だが、この認定NPO法人「健康ラボステーション」について書き切れなかった、どうしても強調したい部分をこちらに書く。このNPOに必須の管理栄養士の活躍、薬剤師との「食・薬」連携だ。

 

NPOでの管理栄養士の活躍は本誌をご覧頂きたいが、筆者も正直「管理栄養士がこれほど市民に影響力があるのか」と驚いた。計測会では管理栄養士による相談コーナーは常に満席、パイプ椅子が別途要る時もあった。30分以上話し込む熱心な参加者もいた。計測時にムスっとしていた男性が、相談後に「また来るわ!」と晴れやかな笑顔で帰っていった。リピーターの中には、管理栄養士を指名する人も。街中のイベントでスタッフが「健康チェックをやっていますよ。管理栄養士がアドバイスします」と声をかけると、「栄養士さんが教えてくれるなら」と言って立ち寄る女性もいた。一日3度の食事が、どれほど身近で誰もが興味を持つ話かということを、取材中に何度も痛感した。

 

本誌に出てきた薬剤師の男性が「白衣を着た薬剤師より、気軽に食事の相談に乗ってくれる栄養士の方が、身近なんだと思います」と素直に語ってくれたのが印象的だった。元気であれば、薬局に行く必要はない。しかし、生きていれば、誰もが食事をする。その食事内容にアドバイスしてくれる管理栄養士は、未病の一般市民からすれば、薬剤師よりよっぽど身近というのは、言われてみれば当たり前だ。そう考えたら、なぜ地域包括ケアに管理栄養士がもっと出てこないのか、不思議でならない。地域包括ケアに本気で取り組むなら、予防の観点から一般市民を巻き込む必要がある。そのために、管理栄養士、栄養士の存在は欠かせないのではないか? 誌面に出てきた調剤薬局がイベントで「おくすり相談会」をやっても人は来ないが、食事相談は一般市民から人気だそうだ。また、管理栄養士が患者の一週間分の食事をチェックしたりと、薬剤師と連携して患者の食事相談に乗ることもあるという。

 

健康ラボステーションの管理栄養士の山内利香さんは「母親向けに子どもの食育セミナー、料理教室などもやっていきたい」と、未来を担う世代に予防の観点で関わっていきたいと話す。彼女は国立大学医学部で唯一栄養学科を持つ徳島大を卒業し、病院で働いていたというユニークな経歴を持つ。山内さんの話では、徳島大の栄養学科は医学部にあることも影響してか、アカデミア色が濃かったそうだ。彼女から「分子栄養学」「代謝栄養学」などの話を聞いていると、薬学部と似た雰囲気がなくもない、と思ったりしたのは筆者が薬学に詳しくないからだろうか(筆者は社会保障専門)。薬学も栄養学も素人の筆者だが、批判を恐れず市民目線で言わせてもらうと、「医食同源」と聞くように、薬も食事も体に摂取されて影響を及ぼすという大きな意味では、共通している部分もあるはずだ。ぜひ管理栄養士にもっと活躍してもらい、市民に予防の視点を持ってもらえるよう働きかけてもらいたいと、今回の取材で強く思った。食・薬連携は、地域包括ケアでは必須のはずだ。(梨)

 

介護家族の悲鳴  その6

地域包括ケアに「介護者」という視点なし

介護する家族側がそのような状況であるにも関わらず、、「地域包括ケア」について語られるとき、介護者側の話は全く上がらない。医療者の視点で語られてばかりだ。地域包括ケアとは、地域一律の医療制度ではもうこの高齢社会をどうにもできなくなった厚労省が、「はーい、もうお手上げでーす、後は『地域の実情に応じて』『地域資源を活用し』頑張ってくださいねー」と自治体と医療介護提供側に丸投げしたものだと筆者は理解しているが、それには最も重要な「介護者がどういう状況であり、介護者をどう支えるか」という視点がすっぽりと、ものの見事に抜け落ちている。

 現実を見てほしい。介護者は家族が7割(うち6割は同居)。事業者は1割程度に過ぎない(厚労省平成28年国民生活基礎調査の概況)。地域包括ケアを医療者目線だけで語っても意味がない。なぜなら、実際に本人を24時間365日近くで見て、支えているのは家族だからだ(施設介護以外では)。

 在宅医療関連のシンポジウムに行けば、在宅医や訪問看護師が終末期の看取りの場面をスライドなどにあげ、会場から感銘を受けた医療関係者のすすり泣きが聞こえたりする。それを聞き、「気持ち悪いんだよ、クソ食らえ。お前ら一週間に数回しか来ないじゃないか、盆暮れ正月GWは『家族さんでお願いします』ってみてもくれないくせに。医者はFacebookに高そうな料理や旅行の写真ばっかり上げやがってよ。そのくせ、こうやって発表する場面では美味しいとこばっかり持っていきやがる」と罵るのは、ある医療関連市民団体の代表を務めながら自分と配偶者の親を介護している友人だ。彼は医師や看護師など医療職の知り合いが多く、普段はニコニコと笑顔で「先生のご活躍は素晴らしいですね!」などと在宅医に賞賛を送ったりしている。しかし、平日の昼間(が彼の一番自由になる時間、職場にいるから)に突然私に電話をかけてきて「俺は医療者なんて大嫌いだ! アイツら、綺麗ごとばっかりだ! 一番大変ところは何も知らない!」とぶちまけてきたりする。彼は、親の介護に疲れ果て、胃炎を起こして駅で倒れたり、ストレスで何度もうつになり、会社を休んだりもした。それでも今も、毎日ずっと親を在宅で介護をしながら働き(彼は自身で父親も看取った)、合間にそういった市民活動もしている。在宅介護の現実を知り、医療関係者の実情にも詳しい彼だからこそ、そういう言葉が出てくるのだ。

 地域包括ケアについて考えたり、何か実践できないかと医療提供者側が考えるのは素晴らしいことだと思う。ぜひ、頑張ってもらいたい。だけど、忘れないでほしい。本人を支える家族が倒れたら、地域包括ケアなど成り立ちはしない。いくら「多職種連携」や、「地域資源の活用」が行われようと、家族が倒れたら本人も倒れる。そしてその家族が、置かれている現状は、決して生易しい状況ではない。本コラムの連載の半分を使って長々と私の「多重ケア」の大変さを綴ったのは、そんな家族の一例として、少しでも大変さを感じてもらいたいと思ったからだ。今は夫が少しずつ回復に向かってくれているからなんとかなっているが、そうでなければ私はどこかの段階で倒れていたに違いない。そしてそんな家族は、今決してめずらしくはない。

 私は引き続き、今の地域包括ケアが見落としている、介護する家族側の実態に迫っていきたい。(梨)

本庶佑氏、ノーベル生理学・医学賞受賞記者会見全文

10月18日に神戸市内で行われた本庶氏のノーベル生理学・医学賞受賞記者会見。今が旬の本庶氏が何を言ったか知りたいという人もいるのではないかと思い、せっかくなので会見内容の全文を起こした(神戸医療産業都市推進機構理事長としての立場での発言がほとんどだったので面白みに欠けるかもしれないが)。それにしても、この会見内容で神戸新聞は『本庶さん、研究の発信力「ツイッター出すとかではない」』という見出しで記事にしていたが、もっと他になかったのかと思った。(梨)

 以下は、全文会見内容。

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 本庶佑 公益財団法人神戸医療産業都市推進機構理事長あいさつ

御紹介に預かりました、神戸医療産業都市推進機構理事長の本庶でございます。ちょうど都市の構想が始まって20周年ということでこのような国際創薬シンポジウムが開催できたことを嬉しく思っています。またこの節目に、ちょうど私のノーベル賞受賞が発表されまして、このような会見の場を設けて頂きまして、大変ありがとうございます。

 私は生まれつき運がいい男です。私は富山市に住んでいたのですが、記憶に残っているのは、3歳を過ぎた頃、富山大空襲でほとんどの家が焼け落ちました。私の家も焼けたのですが、私は母親の背中におぶさって、防空壕にいた時に焼夷弾が命中したのですが、防空壕の底に水が溜まって不発であったと。そしてその時無事に生き永らえたと。もしあれが爆発していたら、私はこの世にいなかったと思います。そういうことから始まりまして、PD-1の発見も幸運の連続でした。今回、この20周年の節目に合わせるかのようにノーベル財団からお知らせを頂き、私も大変嬉しく思っています。神戸に来て2年少しですが、様々な節目に理事長として皆様とお会いできることが、本当に幸せ以外の何物でもございません。これまでも大変多くの方から暖かいお言葉を頂き、喜んでいます。

 今後、私は理事長として全体の指揮を執っていくと同時に自分の研究プロジェクトも展開していきます。明治ファーマとの協働で自己免疫疾患治療薬の開発、シスメックスと京大との三者抗がん剤の効果判定として、早く利く人と効かない人を見極める検査薬の開発の共同研究も行っています。ようやく20年経ち、いくつかの新しい再生医療が世に出てきています。井村先生(井村裕夫同機構名誉理事長)が20年かけて築かれた功績が収穫期に入るのだと思っています。推進機構として先端医療研究センターで鍋島先生(鍋島陽一同機構先端医療研究センター長、京大名誉教授)の老化研究、健康長寿を目指した基礎研究を行っています。かなり独立採算で行えていることも多く、医療イノベーション推進センターは福島雅典センター長を筆頭に、日本ナンバーワンの治験の実績があります。細胞療法研究開発センターでは細胞の医薬品化という極めて困難な事業化を行い、日本ではもちろん世界有数の拠点としても注目されています。医療のシーズから出口まで、私自身も22年かかりました。例えば自動車産業、神戸で言うなら神戸製鋼のような従来の重厚長大(産業)などとは全く違うインダストリーであり、なかなかこの長い道のりを理解してもらえないのですが、この神戸の地で事業化を次々と進めていけたらいいなと思っています。

 

記者質問

NHK ノーベル賞受科学者となられ、推進機構理事長として仕事をされていくが、改めて医療産業都市をどう引っ張っていきたいか?

 本庶 これまでやってきたことが、ノーベル賞を受けたからと言って急に変わるわけではありません。従来のアカデミアのシーズと産業界をつなげていく。あるいは産業界同志を繋げて新しいものを生み出していく。いずれも医療に関わることで、既にそういう種が今日のシンポジウムでも紹介され、出てきているので、当面今年の方針で示していることに路線変更は必要ないと思っており、地道にやっていきたいと思っています。

 

神戸新聞 神戸医療産業都市をさらに飛躍させるための課題は? それに対して理事長としてどう取り組む?

 本庶 産業都市として企業数は350社、9000人以上が集積している。弱い点としては、アカデミアがわりかし少ない。関西の研究機関は、神戸大、阪大、京大とあるが、3つの大学が距離的に離れているのが弱点ではないかと思っている。そこをどうカバーするかが長期的な課題。もうひとつ、トランスレーショナルリサーチをやる病院の仕組みがなかなか難しい。大学病院等々では比較的やりやすいが、この辺りにある病院の中で通常の医療業務をこなしながら先端的な医療開発を行っていく、そういう仕組みができていけば一段の飛躍が考えられると思っている。

 

日経新聞 理研との包括協定を結んだ。見えてきた期待や課題などは?

 本庶 理研とは近いところにあるが、意外とこれまで連携が少ないところがあったのではないかと思っている。私はもっと連携強化が望ましいと考えている。風通しがあまりよくなかった事情もあると思うので、今後一層の緊密な関係を築きたいと思っている。

 

読売TV 医療産業都市の発信力についてノーベル賞を受賞したことがどのように生きていくと考えるか? 海外にどのように評価されているか? 海外への発信にどのように取り組むか?

 本庶 発信力というのは、我々の言う発信力とマスコミの発信力では意味が違います。結局は、実績を上げることが自然と発信力になるわけです。ツイッターに出すとかそういうレベルの発信力ではない。やはり実績をやればおのずと注目も集まり、機構の動向に世界が注目してくれるようになるのが、本当の発信力だと思っています。

 

読売新聞 本庶先生自身の研究で、京大や機構での展望を。

 本庶 私は神戸では、必ず企業とのタイアップという形でやっている。ベーシックなことから始めることより展望があると感じていることを企業とやる、というスタイルでやっている。京大の場合は、大学だからベーシックで根源的なものをやっている、そういうスタイル。

 

産経新聞 関西全体として研究や応用を進める地の利はある? 関西全体がグローバルに注目されるには?

 本庶 一般論とすると、昔から言われるように“東京帝国、関西共和国”。それぞれが独自に努力して切磋琢磨するのが関西の一つのいい点。それがネガティブに働くと過当競争になるので、そういうことのバランスをとりながら良いシーズを持っているアカデミアとの連携を深める。そういうスタイルとして機構のTRI(医療イノベーション推進センター)に全国からアカデミアのシーズを集めて、というか寄ってきて治験の仕組みを導入して、データを集めてアカデミアに返す。結果、アカデミアと企業が連携していくつかのプロダクトができるという路線が出来上がっているので、これを活用して関西の良いシーズがますます結びつくという方向で考えている。

 

神戸新聞 「実績を上げることが自然に発信になる」と言ったが、これまでの実績を具体的に。また今後はどうなっていくと思われるか。

 本庶 具体的には、声の出ない人に生体機能にチタンブリッジを使って発声を回復できる、これが承認を受けていて、TRI(医療イノベーション推進センター)主導でやっている。CD34血液細胞を集めて虚血性の血管の壊死や、悪性の骨折に使う、これが承認寸前まで来ている。そのほか、脊椎損傷に関してこのシーズは札幌医大だがこれも承認申請までいっている。そういう例がいくつかある。データはいくらでも提供します。

 (会見終了)

介護家族の悲鳴 その5

介護+育児+配偶者の世話=「多重ケア」

 さらに私の場合、夫の世話が加わっている。こういう状態を「ケアの複合化」と相馬准教授は指摘しており、広義のダブルケアとしている。介護といっても様々なケースが複合的にあり、自分の両親だけでなく、配偶者の両親、親戚知人、病気や障害の子ども、配偶者、病気や障害のきょうだい、障害のある成人と親、非正規シングルと親のケアなど、様々なパターンのケアが重なって一気にやってくる状態のことだ。

 最近、「複合ケア―家族を襲う多重ケア」(福井県立大学看護福祉学部看護学科准教授成田光江著、創英社)という書籍が出版された。日経新聞が書評を書いていたが、恐らくこれからこの言葉は介護者側の問題としてブームになるに違いない(「多重ケア」なんて、まさしくNスペがやりそうじゃないか)。

 後出しじゃんけんだから言っても仕方ないと分かりつつ書くが、実は筆者もこのテーマでドキュメンタリー本を書けないかと思って、友人知人に色々聞いて回っていたところだった。自分自身が育児と介護のダブルケアにつらさを感じていたし、周囲にも自分の両親と配偶者の両親の4人を同時に介護している友人がいたり、働きたくても親の介護と病気の子どもの世話で働けない母親がいたりするからだ。しかもそういう友人知人は少数ではない、それぞれが「実は・・・」と語ってくれる内情の大変さには驚かされることばかりだ。これは何か大変なことが社会に起こっているに違いない、と私が感じていたのが約1年半前。「多重ケア社会」という言葉を夫が思いついてくれ、彼と話しながらこのテーマを取材したいと思っていた。完全に地域包括ケアが見落としているものだ、と直感していた。

 その矢先に、相馬准教授の「ダブルケア」という言葉を聞き、講演会も拝聴することができた。「よかった、既に研究者がやってくれていた」と思った。さらに成田准教授の書籍「複合ケア」も出たことだから、これからもっと介護する側の問題は話題に上がるに違いない。

 ひとつ付け加えておきたい。私がダブルケアに加えて、うつ病の夫の世話までしているというのはレアケースではないか、と言われるかもしれないということだ。しかし、うつ病を含む精神疾患は、元々日本の4大疾病だった「がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病」に2001年度から新しく加えられ、日本の5大疾病の一つとされている。国内にうつ病を含む気分障害の患者数は約112万人(厚生労働省平成26年「患者調査」)と、年々増え続けており、うつによる労災認定を受けた人は2016年度では過去最多の498人(厚労省平成28年度「過労死等の労災補償状況」)。精神疾患による労災申請をする人も年々増えており、2016年度には1500人以上が労災を申請している。15年前の2001年と比べると約6倍にも増えているのだ(厚労省平成13年度「精神障害等の労災補償状況」)。うつ病は日本人が罹患しやすい典型的な病気の一つと言っていいほどの状況になっている。この数字から見れば、夫がうつで休職するのは、今の社会で決してめずらしいケースではない。それどころか、そういう人はさらに増えていくのではないか(ある大企業健保で働く友人が「健保の8割はうつに使われている。メタボよりうつの方がよっぽど問題」と話してくれたこともあった)。

 私が高齢出産であることも、全くめずらしくない。第一子を産む母親の年齢は、2016年には30.7歳と30歳を過ぎて初めて子どもを産む母親が半分以上という時代だ(調査の始まった1975年では25.7歳だった)。35歳以上で第一子を出産する母親は21.6%、40歳以上は4.6%と高齢出産が当たり前な状況になっている(厚労省平成28年度調べ)。ちなみに筆者は50代で産んだ母親に出会ったこともある(子どもが成人する時の年齢を考えると申し訳ないがぞっとする)。高齢で出産すればするほど、育児の大変な時期と介護の時期が重なりやすくなるのは当たり前で、ダブルケア状態に陥りやすくなる。

 加えて日本には、共働きで核家族という世帯が多くなっている。三世代世帯が約6%であるのに対し、核家族は約60%、単独世帯は約27%(厚労省2018年国民生活基礎調査の概況)。共働きは今や1188万世帯と年々増加しており、専業主婦のいる641万世帯のほぼ倍近い(2017年労働政策研究・研修機構調べ)。

 私が核家族状態で育児、介護、夫の世話、という「多重ケア」状況に陥っているのは、決してめずらしい話ではないのだ。先述したように、ちょっと探せば、多重ケアに陥っている家庭はすぐに見つかる。それほど「レアケース」ではないのだ。(梨)

介護家族の悲鳴 その4

介護と育児の「ダブルケア」
 

実家からの帰宅後、ようやく3人分の食事を用意し終え、ようやく皆でご飯を食べる・・・。と言いたいところだが、ここでいったん私はリビングに大の字になって体を横たえる。なんとか3人分の料理までは作ったものの、早朝からの農作業や家の片付け、長時間の運転、息子の世話、また父の尿失禁という精神的ショックなどで疲れた私の体はとうに悲鳴を上げている。座ってご飯を食べる力が湧かないのだ。

 息子に食事を食べさせるよう夫に頼み、私はしばらく体を横たえる。そして、この後にやらなければいけないことを来週の予定も含め、頭の中で高速シミュレーションを始める。体は休めるが、脳は決して休まない。やることが多過ぎて、休むことなどできないのだ。

 私がご飯前に体を休める理由はもう一つ。ご飯を食べたら息子がうんちをする可能性が高い。そうすると風呂に連れていかなければいけない。実家で遊んだ息子は汗だくだから、うんちを処理するついでに、風呂で体も洗ってしまいたい。しかし、3歳児にとって風呂は遊び場。私はまた疲れることになる。動物のお人形や水鉄砲、シャボン玉とあらゆるおもちゃがあり(ないと入ってくれない)、風呂に入ったからと言って、素直に体や頭を洗うわけがない。いつまでも「遊べ」とだだをこね、長いと1時間入っていることなどザラだ。風呂に1時間も入れば、どんな大人でも疲れるだろう。私の場合は風呂上がり後、頭の上に保冷剤を置いて休む時すらある。それほど3歳児との風呂は私にとって“苦行”なのだ。

 その後の歯磨きも苦戦する。3歳児にしては体が大きく力も強い息子(体重16kg)は、歯磨きが大嫌いで、私が抑え付けてでも磨こうとすると、漁師が釣り上げた鮮魚のごとくビチビチと飛び跳ねて抵抗する。「そんなに嫌なら歯磨きをせず虫歯になってしまえ!」と思うこともあるのだが、3歳児が歯医者でおとなしく治療など受けるわけがない。知人の歯医者に聞いたところ、乳幼児は歯医者での治療を嫌がって暴れるため、拘束することもあるらしい(医療機関によるだろうが)。全身麻酔というのもどうかと思うし、確かに拘束しか方法はないだろう。そんなことを考えたら、息子を歯医者に連れていくのは時間もかかるし面倒なので、磨くしかない。歯磨きにも1時間かかることもしょっちゅうだ。

 そして絵本を2冊読んでやって、寝かしつける。この本読みだって、本気で読まなければ息子は許してくれない。息子の大好きな「アンパンマン」を読むときは、「アンパーンチ!」と本気で大声で読み、「バイバイキーン」と情けない声を出してやらなければ「ママ、もう一回」と静かに読み直しを要求してくる。子どもは、大人が本気で自分と向き合っているかをしっかりと見抜いている。だから、最初から力を入れて相手をする方が何事も早く終わるのだ(すべてに力を入れてなどいられないが)。

 夕飯を食べさせる→うんち→風呂→歯磨き→寝かし付け。この一連の作業(しかも毎日)にどれほど世の中の母親たちが疲弊させられ、あの手この手で苦戦しているかは、Googleで「2歳 歯磨き」などと検索すればすぐ分かる。知恵袋や発言小町などの質問系サイト、また育児系サイトに似たような相談が星の数ほど掲載されている(またその返答も玉石混交)。ママ友同士で話すことがあれば、「寝かしつけどうしてますか、歯磨きどうしてますか」とかそんなことばかりだ。

 この一連の大変な作業があるからこそ、夕飯前に私は横たわり、少しでも体力を回復させる必要がある。これからの息子との戦いに少しでも力をためておかねば。夫は息子に食事を食べさせることぐらいはしてくれるが、風呂などについては戦力外だ。私がやるしかない。

 そして寝かしつけが終わるのは22時半頃。ここで寝落ちしてしまう母親も多いと思うが、私の脳内では常に「あれをやらなければいけない、これもある」とぐるぐるとtodoリストが渦巻いており、全く寝られない。息子が寝たと思ったら、静かに寝室を出て、自分の仕事部屋に行く。そしてtodoを全てスケジュール帳に書き出して、来週の仕事育児家事の動き方を整理する(夫の食事の用意も含め)。特に今週の重要事項は、月曜朝一で、ケアマネジャーに父の尿失禁、そして母の尿漏れなどについて相談すること。ここまでやって、ようやくほっと一息つける。

 ここで私はほんの少しだけ、自分の時間をとる。寝る前の15分間、スマホゲームをするのだ。この時ばかりは、頭を真っ白にできる。仕事、介護、育児、家事、全部忘れて頭を完全にリセットできる。ただやり過ぎると興奮して眠れなくなるから、15分ぐらいに留めている。どんなに疲れていても、これだけは私にとって必要な時間なのだ。スマホゲームでも、漫画でも、なんでもいい、誰にも邪魔されず、頭を真っ白にできる時間がほんの少しあれば、それでいい。むしろそれがなければ、私はバランスを保てない。仕事家事育児介護だけの生活になんてなったら、今度は私がうつで倒れる。

 そしてクタクタになった体を少しストレッチして、体も緩める。そしてそれでも冷めない興奮状態を収めるため、睡眠導入剤を少しだけかじって、眠る。

 親の介護と3歳の息子の育児、遠隔介護をしている私にとって一番疲れるのは、週末なのだ。結婚するまでは、週末が楽しみで仕方なかったのに、最近では週末が一番つらい。精神的にも体力的にも最も疲れる。月曜日は週末の疲れを持ち越していることも多い。

 私が寝付くころには日付は変わっている。そして翌朝からはまた一週間が、仕事が始まるのだ。

 今の私のこの状態は、一般的に「ダブルケア」と呼ばれている。横浜国立大学大学院相馬直子准教授が、高齢出産を背景に、育児期と親の介護が重なる世帯が増えている現状を指摘した言葉だ。

 相馬准教授らが2016年に行った、全国の大学生以下の子どもを持つ父親・母親2100人を対象にした調査では「ダブルケアを経験した人」は6.5%、「ダブルケアが自分事の問題である人」は13.5%いた。ダブルケアで負担に感じることは、「精神的にしんどい」が最多で59.4%、「体力的にしんどい」55.8%、「子どもの世話を十分にできない」51.4%、「親/義理の親の世話を十分にできない」47.8%、「経済的負担」47.1%などがあった。

 私自身も、35歳で出産した高齢出産だ。また、私の両親も自分たちが40歳の時に私を授かっている。このため、私の周囲の友人たちに比べると、親の年齢が高い方になる。今はまだ二人が老々介護でなんとかやってくれているからいいが、どちらかの状況が悪くなったら次の段階を考えなければいけない。(梨)

WHO、今の課題は高齢化対策

次世代医療の研究開発から産業化までを担う団体や企業が集まる「神戸医療産業都市(https://www.fbri-kobe.org/kbic/)」が19日で20年目を迎え、記念式典を行った。「神戸医療産業都市」と言われても何のことか分からない人も多いと思うが、簡単に言うと、例えば理研などの研究開発を行う団体、スパコン「京」が設置されている施設、iPS細胞を使った目の手術からリハビリまでを行うアイセンターなどがある、創薬や医療機器に関するの基礎研究から臨床研究まで幅広く行っている団体や企業の集積地だ。神戸市の人工島「ポートアイランド」にある。元々は、阪神淡路大震災からの復興の足掛かりにするため、神戸市が産官学連携で始めたものだったが、今では350の団体企業、約9000人が働く大きな地区になった。 

 特に1日に同推進機構の本庶佑理事長がノーベル生理学・医学賞を受賞したことが、この医療産業都市の“成人式”のモチベーションを大きく上げたのだろう。式典の記者会見には多くのメディアが入り、本庶氏が話す一般向け国際創薬シンポジウムには約700人が参加した。 

 本庶氏の話は他メディアが書くだろうから、筆者は恐らく誰も書かないだろう記念式典シンポジウムの出席者の一人、WHOの日本支部ともいえるWHO健康開発総合研究センターの野崎慎二郎上級顧問官の話を書く。社会保障が専門の筆者にとってはそちらの方が面白かった。 

 野崎氏の話は、『WHOの課題として、感染症対策の時代は終わり、高齢化対策に入った』という一言にまとめられると思った。野崎氏によると、20世紀まではアジアやアフリカを中心とした途上国での感染症対策が国際保健の課題だったが、ほぼ達成された。結果として見えてきたのは、彼らが生活習慣病に罹ったり、高齢化することで医療費が急激に増えるという課題だった。日本は年々人口が減っているが、世界では逆に増えているため、世界的に医療費が増額することになる。すると、国際保健の課題は「医療提供体制や医療の質を拡大し、その費用をどう確保するか」(野崎氏)ということになる。言い方は悪いが、これまで死なざるを得なかった人が生きられるようになった分の、医療介護にまつわる「ヒト・モノ・カネ・クオリティ」のバランスをどうするかがWHOの目下の課題、というわけだ。WHOの中では最重要コンセプトの「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC:Universal Health Coverage)」と言われているらしい(英語にすると、なぜか聞こえが良くなる気がする)。野崎氏は「世の中の人々が適切な医療を適切な費用で、誰もが享受できる社会を作るという非常に究極的な目標」と語ったが、真に「究極的な目標」だと思う。

 野崎氏は、高齢化で世界トップを走る日本が「医療供給体制の質と量をどう確保していくか、質と量が拡大していく中でそれに応じたどう費用を確保していくのか、高齢者にどういうケアをするのか。その成果を計っていくモニタリングツールを世に出し、イノベーションのグッドケースモデルを世に出さないといけない。そういったことを研究の中心に据えている」と話した。正直なところ、一体どうやってこんな大掛かりな話を形にするのだろうと思わざるを得ない(もしかしてWHO日本支部として何か出さないといけないというプレッシャーもあるのだろうか、と筆者は勝手に想像した)。 

ちなみに野崎氏は言わなかったが、筆者はWHOで働くスタッフから、「世界が高齢化する中で大きな課題は認知症」と、認知症対策に力を入れていると聞いたことがある。認知症は、日本だけでなく世界的な課題なのだ。 

 あまり知られていないが、WHO健康開発総合研究センターは約20年前から神戸市にあり、政策研究などを行っている。今、WHO健康開発総合研究センターと神戸市と神戸大学が協同して、認知症に関する研究をしているそうだ。市内の70歳以上の高齢者に対し、健康チェック等を行い、どのような活動が認知症予防に効果があるのかを調べているという。ぜひ今度、取材してみたい。(梨)

介護家族の悲鳴 その3

うつ病の夫の世話

 ようやく家について、荷物を下ろし、息子も家に入って一段落、と言いたいところだがそうはいかない。夕飯を用意しなければいけない。息子もお腹が空くころだ。

 私達が帰ってきた音が聞こえたからか、夫が2階からゆっくりと降りてくる。私たちは、夫と息子の3人で暮らしている。私が「ただいま」と言うと、夫がぼやけた笑顔で「お疲れ様」と言う。夫は抗うつ薬抗不安薬のせいでいつもぼーっとしている。

 明るいうちに帰って果たさねばならない私の大事な仕事。うつ病で休職している夫の夕飯を作ることだ。しかし私は、睡眠不足と早朝からの農作業、長時間の運転、親の世話と家の整理などの身体的な疲労に加え、父の尿失禁による精神的ショックも受けていた。体はとうに音を上げていて、少しでいいから休みたかった。それでも料理だけは、と奮い立たせて台所に向かた。

 その間、息子には幼児向け通信教育ベネッセの教材キャラクター「しまじろう」のDVDを見ていてもらう。息子はしまじろうが大好きなので、夢中でDVDを見てくれる。その間だけは「ママ、遊ぼう」と言われることなく、家事ができるのだ。ベネッセの教材DVDは、私のようなワンオペ母親にとっては「教材」ではなく、「ワンオペ育児支援ツール」だ。

 どういうことかというと、この時期の子どもはとにかくいつもいつも「ママ、ママ」と連呼し、一緒に遊べという要求が強く、家事をさせてくれない。トイレにさえ行かせてくれなかったりするのが当たり前だ(あんたのご飯を作りに行くんだよ! と言いたくなる)。それが、夢中になってDVDを見てくれる。ずっと私にべったりで離れてくれなかった息子が、私の手を離れてくれる。「OHHH!!YEAHHHH!!!ワンダホー!!」と叫んで飛び跳ねたくなるのを抑えながら、静かにトイレに行き、食事の用意や洗濯、掃除などの諸々の家事をするのが毎晩だ(ちなみにベネッセを利用しているママ友の間では、ベネッセは「教材」ではなく「育児支援ツール(子どもの興味をママからそらす)」という意見は皆合致している。ベネッセがそこを意識してマーケティングしているか否かは知らないが、共働きが多くワンオペ育児の多い現代社会に実にフィットした商品だ。ベネッセ、グッジョブ!)。

 そんな息子やテレビの画面を、夫はソファに座ったままぼーっと眺めている。夫の口の端は、筋弛緩作用のある抗不安薬のせいで、いつもだらりと開いている。

 夫は去る5月末のある日、突然「俺はもう会社に行けない」と言って会社に行かなくなった。正確には、体が動かず、行けなくなってしまったのだ。なんとか引っ張って心療内科に連れていくと、うつ病と診断を受け、休職するようにと指示された。そして今もずっと休んで家にいる。

 夫が上司からのパワハラ苦しんでいるのは知っていた。そのせいで、一日に6リットルものビールを飲んでいるのも知っていた。日曜日は朝からビールを飲み、午前のうちに酔っ払って寝てしまっていた。早朝に出かけ、終電で帰ってくる夫。彼の部屋の中はビールの空き缶だらけで、リビング内に彼の体から発せられるお酒の臭いが充満していたこともあったほどだ。たまに顔を合わせる週末も、いつもつらそうで、酔っ払った顔は真っ赤だった。パワハラの話を聞いた時には「何か社長に訴えるとかできないの?」と聞いたが、真面目で優しい彼は「大丈夫」と言うだけだった。私にはなす術がなかった。

 そんな折に、彼の体の方が悲鳴を上げた。結果的には、休職することになってよかったと私は思っている。あのままだったら、彼は間違いなく完全なアルコール依存症になってお酒から抜け出られなくなるか、自殺していたと思うから。

 休職し始めた当初、彼は全く動けなくなっていた。抜け殻のようだった。排泄すら、私の方から促したほどだ。最初の2週間ほどは、完全に身の回りの世話をしてあげなければいけなかった。風呂も入れなかったから、体を拭いてあげたり、食事も食べさせた。トイレにも連れいていった。

 その2週間は、私にとって地獄のようだった。手のかかるイヤイヤ期の2歳児(まだ誕生日が来ていなかった)の世話と、ほぼ寝たきりの夫。そして日中に私は仕事をしなければならない。当時の私は、以前勤めていた会社が経営不振となって会社都合解雇されたところだった。昼間は、知人のご縁で紹介してもらった仕事をしたり、出版予定の書籍原稿を書いたりしていた。在宅にいることが多かったため、なんとか夫と息子の世話を両立していくことができた。

 しかし、夫がこれからどうなってしまうのかという不安は尽きなかった。何より、経済的な不安は大きかった。私自身が解雇されたばかりで収入が少なくなっていたため、夫の休職による収入減は不安に拍車をかけた。そして今まで元気だった夫が抜け殻のようになり、排せつすらままならない状態になってしまったこともつらかった。両親もそうだが、今まで元気だった大切な身内が弱っていくのは本当につらい。見ている家族側が精神的、体力的にやられてしまうということは痛いほどによく分かった。

 私は夫の体を拭きながら、有料老人ホームで清拭していた当時を思い出し、「高齢者の体とは、肌の張りも筋肉も全然違うな」などと妙に冷静に思っていた。まるで私の体から意識だけが幽体離脱でもしてしまったかのような感覚だったが、そうでもしなければ、私の心身がその状況に耐えられなかったのだろう。夫の状況と正面から向き合ったら、私の精神は崩壊していたかもしれない。(梨)