もちもちパンダ/

介護家族の悲鳴 その5

介護+育児+配偶者の世話=「多重ケア」

 さらに私の場合、夫の世話が加わっている。こういう状態を「ケアの複合化」と相馬准教授は指摘しており、広義のダブルケアとしている。介護といっても様々なケースが複合的にあり、自分の両親だけでなく、配偶者の両親、親戚知人、病気や障害の子ども、配偶者、病気や障害のきょうだい、障害のある成人と親、非正規シングルと親のケアなど、様々なパターンのケアが重なって一気にやってくる状態のことだ。

 最近、「複合ケア―家族を襲う多重ケア」(福井県立大学看護福祉学部看護学科准教授成田光江著、創英社)という書籍が出版された。日経新聞が書評を書いていたが、恐らくこれからこの言葉は介護者側の問題としてブームになるに違いない(「多重ケア」なんて、まさしくNスペがやりそうじゃないか)。

 後出しじゃんけんだから言っても仕方ないと分かりつつ書くが、実は筆者もこのテーマでドキュメンタリー本を書けないかと思って、友人知人に色々聞いて回っていたところだった。自分自身が育児と介護のダブルケアにつらさを感じていたし、周囲にも自分の両親と配偶者の両親の4人を同時に介護している友人がいたり、働きたくても親の介護と病気の子どもの世話で働けない母親がいたりするからだ。しかもそういう友人知人は少数ではない、それぞれが「実は・・・」と語ってくれる内情の大変さには驚かされることばかりだ。これは何か大変なことが社会に起こっているに違いない、と私が感じていたのが約1年半前。「多重ケア社会」という言葉を夫が思いついてくれ、彼と話しながらこのテーマを取材したいと思っていた。完全に地域包括ケアが見落としているものだ、と直感していた。

 その矢先に、相馬准教授の「ダブルケア」という言葉を聞き、講演会も拝聴することができた。「よかった、既に研究者がやってくれていた」と思った。さらに成田准教授の書籍「複合ケア」も出たことだから、これからもっと介護する側の問題は話題に上がるに違いない。

 ひとつ付け加えておきたい。私がダブルケアに加えて、うつ病の夫の世話までしているというのはレアケースではないか、と言われるかもしれないということだ。しかし、うつ病を含む精神疾患は、元々日本の4大疾病だった「がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病」に2001年度から新しく加えられ、日本の5大疾病の一つとされている。国内にうつ病を含む気分障害の患者数は約112万人(厚生労働省平成26年「患者調査」)と、年々増え続けており、うつによる労災認定を受けた人は2016年度では過去最多の498人(厚労省平成28年度「過労死等の労災補償状況」)。精神疾患による労災申請をする人も年々増えており、2016年度には1500人以上が労災を申請している。15年前の2001年と比べると約6倍にも増えているのだ(厚労省平成13年度「精神障害等の労災補償状況」)。うつ病は日本人が罹患しやすい典型的な病気の一つと言っていいほどの状況になっている。この数字から見れば、夫がうつで休職するのは、今の社会で決してめずらしいケースではない。それどころか、そういう人はさらに増えていくのではないか(ある大企業健保で働く友人が「健保の8割はうつに使われている。メタボよりうつの方がよっぽど問題」と話してくれたこともあった)。

 私が高齢出産であることも、全くめずらしくない。第一子を産む母親の年齢は、2016年には30.7歳と30歳を過ぎて初めて子どもを産む母親が半分以上という時代だ(調査の始まった1975年では25.7歳だった)。35歳以上で第一子を出産する母親は21.6%、40歳以上は4.6%と高齢出産が当たり前な状況になっている(厚労省平成28年度調べ)。ちなみに筆者は50代で産んだ母親に出会ったこともある(子どもが成人する時の年齢を考えると申し訳ないがぞっとする)。高齢で出産すればするほど、育児の大変な時期と介護の時期が重なりやすくなるのは当たり前で、ダブルケア状態に陥りやすくなる。

 加えて日本には、共働きで核家族という世帯が多くなっている。三世代世帯が約6%であるのに対し、核家族は約60%、単独世帯は約27%(厚労省2018年国民生活基礎調査の概況)。共働きは今や1188万世帯と年々増加しており、専業主婦のいる641万世帯のほぼ倍近い(2017年労働政策研究・研修機構調べ)。

 私が核家族状態で育児、介護、夫の世話、という「多重ケア」状況に陥っているのは、決してめずらしい話ではないのだ。先述したように、ちょっと探せば、多重ケアに陥っている家庭はすぐに見つかる。それほど「レアケース」ではないのだ。(ぱんだ)

介護家族の悲鳴 その4

介護と育児の「ダブルケア」
 

実家からの帰宅後、ようやく3人分の食事を用意し終え、ようやく皆でご飯を食べる・・・。と言いたいところだが、ここでいったん私はリビングに大の字になって体を横たえる。なんとか3人分の料理までは作ったものの、早朝からの農作業や家の片付け、長時間の運転、息子の世話、また父の尿失禁という精神的ショックなどで疲れた私の体はとうに悲鳴を上げている。座ってご飯を食べる力が湧かないのだ。

 息子に食事を食べさせるよう夫に頼み、私はしばらく体を横たえる。そして、この後にやらなければいけないことを来週の予定も含め、頭の中で高速シミュレーションを始める。体は休めるが、脳は決して休まない。やることが多過ぎて、休むことなどできないのだ。

 私がご飯前に体を休める理由はもう一つ。ご飯を食べたら息子がうんちをする可能性が高い。そうすると風呂に連れていかなければいけない。実家で遊んだ息子は汗だくだから、うんちを処理するついでに、風呂で体も洗ってしまいたい。しかし、3歳児にとって風呂は遊び場。私はまた疲れることになる。動物のお人形や水鉄砲、シャボン玉とあらゆるおもちゃがあり(ないと入ってくれない)、風呂に入ったからと言って、素直に体や頭を洗うわけがない。いつまでも「遊べ」とだだをこね、長いと1時間入っていることなどザラだ。風呂に1時間も入れば、どんな大人でも疲れるだろう。私の場合は風呂上がり後、頭の上に保冷剤を置いて休む時すらある。それほど3歳児との風呂は私にとって“苦行”なのだ。

 その後の歯磨きも苦戦する。3歳児にしては体が大きく力も強い息子(体重16kg)は、歯磨きが大嫌いで、私が抑え付けてでも磨こうとすると、漁師が釣り上げた鮮魚のごとくビチビチと飛び跳ねて抵抗する。「そんなに嫌なら歯磨きをせず虫歯になってしまえ!」と思うこともあるのだが、3歳児が歯医者でおとなしく治療など受けるわけがない。知人の歯医者に聞いたところ、乳幼児は歯医者での治療を嫌がって暴れるため、拘束することもあるらしい(医療機関によるだろうが)。全身麻酔というのもどうかと思うし、確かに拘束しか方法はないだろう。そんなことを考えたら、息子を歯医者に連れていくのは時間もかかるし面倒なので、磨くしかない。歯磨きにも1時間かかることもしょっちゅうだ。

 そして絵本を2冊読んでやって、寝かしつける。この本読みだって、本気で読まなければ息子は許してくれない。息子の大好きな「アンパンマン」を読むときは、「アンパーンチ!」と本気で大声で読み、「バイバイキーン」と情けない声を出してやらなければ「ママ、もう一回」と静かに読み直しを要求してくる。子どもは、大人が本気で自分と向き合っているかをしっかりと見抜いている。だから、最初から力を入れて相手をする方が何事も早く終わるのだ(すべてに力を入れてなどいられないが)。

 夕飯を食べさせる→うんち→風呂→歯磨き→寝かし付け。この一連の作業(しかも毎日)にどれほど世の中の母親たちが疲弊させられ、あの手この手で苦戦しているかは、Googleで「2歳 歯磨き」などと検索すればすぐ分かる。知恵袋や発言小町などの質問系サイト、また育児系サイトに似たような相談が星の数ほど掲載されている(またその返答も玉石混交)。ママ友同士で話すことがあれば、「寝かしつけどうしてますか、歯磨きどうしてますか」とかそんなことばかりだ。

 この一連の大変な作業があるからこそ、夕飯前に私は横たわり、少しでも体力を回復させる必要がある。これからの息子との戦いに少しでも力をためておかねば。夫は息子に食事を食べさせることぐらいはしてくれるが、風呂などについては戦力外だ。私がやるしかない。

 そして寝かしつけが終わるのは22時半頃。ここで寝落ちしてしまう母親も多いと思うが、私の脳内では常に「あれをやらなければいけない、これもある」とぐるぐるとtodoリストが渦巻いており、全く寝られない。息子が寝たと思ったら、静かに寝室を出て、自分の仕事部屋に行く。そしてtodoを全てスケジュール帳に書き出して、来週の仕事育児家事の動き方を整理する(夫の食事の用意も含め)。特に今週の重要事項は、月曜朝一で、ケアマネジャーに父の尿失禁、そして母の尿漏れなどについて相談すること。ここまでやって、ようやくほっと一息つける。

 ここで私はほんの少しだけ、自分の時間をとる。寝る前の15分間、スマホゲームをするのだ。この時ばかりは、頭を真っ白にできる。仕事、介護、育児、家事、全部忘れて頭を完全にリセットできる。ただやり過ぎると興奮して眠れなくなるから、15分ぐらいに留めている。どんなに疲れていても、これだけは私にとって必要な時間なのだ。スマホゲームでも、漫画でも、なんでもいい、誰にも邪魔されず、頭を真っ白にできる時間がほんの少しあれば、それでいい。むしろそれがなければ、私はバランスを保てない。仕事家事育児介護だけの生活になんてなったら、今度は私がうつで倒れる。

 そしてクタクタになった体を少しストレッチして、体も緩める。そしてそれでも冷めない興奮状態を収めるため、睡眠導入剤を少しだけかじって、眠る。

 親の介護と3歳の息子の育児、遠隔介護をしている私にとって一番疲れるのは、週末なのだ。結婚するまでは、週末が楽しみで仕方なかったのに、最近では週末が一番つらい。精神的にも体力的にも最も疲れる。月曜日は週末の疲れを持ち越していることも多い。

 私が寝付くころには日付は変わっている。そして翌朝からはまた一週間が、仕事が始まるのだ。

 今の私のこの状態は、一般的に「ダブルケア」と呼ばれている。横浜国立大学大学院相馬直子准教授が、高齢出産を背景に、育児期と親の介護が重なる世帯が増えている現状を指摘した言葉だ。

 相馬准教授らが2016年に行った、全国の大学生以下の子どもを持つ父親・母親2100人を対象にした調査では「ダブルケアを経験した人」は6.5%、「ダブルケアが自分事の問題である人」は13.5%いた。ダブルケアで負担に感じることは、「精神的にしんどい」が最多で59.4%、「体力的にしんどい」55.8%、「子どもの世話を十分にできない」51.4%、「親/義理の親の世話を十分にできない」47.8%、「経済的負担」47.1%などがあった。

 私自身も、35歳で出産した高齢出産だ。また、私の両親も自分たちが40歳の時に私を授かっている。このため、私の周囲の友人たちに比べると、親の年齢が高い方になる。今はまだ二人が老々介護でなんとかやってくれているからいいが、どちらかの状況が悪くなったら次の段階を考えなければいけない。(ぱんだ)

WHO、今の課題は高齢化対策

次世代医療の研究開発から産業化までを担う団体や企業が集まる「神戸医療産業都市(https://www.fbri-kobe.org/kbic/)」が19日で20年目を迎え、記念式典を行った。「神戸医療産業都市」と言われても何のことか分からない人も多いと思うが、簡単に言うと、例えば理研などの研究開発を行う団体、スパコン「京」が設置されている施設、iPS細胞を使った目の手術からリハビリまでを行うアイセンターなどがある、創薬や医療機器に関するの基礎研究から臨床研究まで幅広く行っている団体や企業の集積地だ。神戸市の人工島「ポートアイランド」にある。元々は、阪神淡路大震災からの復興の足掛かりにするため、神戸市が産官学連携で始めたものだったが、今では350の団体企業、約9000人が働く大きな地区になった。 

 特に1日に同推進機構の本庶佑理事長がノーベル生理学・医学賞を受賞したことが、この医療産業都市の“成人式”のモチベーションを大きく上げたのだろう。式典の記者会見には多くのメディアが入り、本庶氏が話す一般向け国際創薬シンポジウムには約700人が参加した。 

 本庶氏の話は他メディアが書くだろうから、筆者は恐らく誰も書かないだろう記念式典シンポジウムの出席者の一人、WHOの日本支部ともいえるWHO健康開発総合研究センターの野崎慎二郎上級顧問官の話を書く。社会保障が専門の筆者にとってはそちらの方が面白かった。 

 野崎氏の話は、『WHOの課題として、感染症対策の時代は終わり、高齢化対策に入った』という一言にまとめられると思った。野崎氏によると、20世紀まではアジアやアフリカを中心とした途上国での感染症対策が国際保健の課題だったが、ほぼ達成された。結果として見えてきたのは、彼らが生活習慣病に罹ったり、高齢化することで医療費が急激に増えるという課題だった。日本は年々人口が減っているが、世界では逆に増えているため、世界的に医療費が増額することになる。すると、国際保健の課題は「医療提供体制や医療の質を拡大し、その費用をどう確保するか」(野崎氏)ということになる。言い方は悪いが、これまで死なざるを得なかった人が生きられるようになった分の、医療介護にまつわる「ヒト・モノ・カネ・クオリティ」のバランスをどうするかがWHOの目下の課題、というわけだ。WHOの中では最重要コンセプトの「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC:Universal Health Coverage)」と言われているらしい(英語にすると、なぜか聞こえが良くなる気がする)。野崎氏は「世の中の人々が適切な医療を適切な費用で、誰もが享受できる社会を作るという非常に究極的な目標」と語ったが、真に「究極的な目標」だと思う。

 野崎氏は、高齢化で世界トップを走る日本が「医療供給体制の質と量をどう確保していくか、質と量が拡大していく中でそれに応じたどう費用を確保していくのか、高齢者にどういうケアをするのか。その成果を計っていくモニタリングツールを世に出し、イノベーションのグッドケースモデルを世に出さないといけない。そういったことを研究の中心に据えている」と話した。正直なところ、一体どうやってこんな大掛かりな話を形にするのだろうと思わざるを得ない(もしかしてWHO日本支部として何か出さないといけないというプレッシャーもあるのだろうか、と筆者は勝手に想像した)。 

ちなみに野崎氏は言わなかったが、筆者はWHOで働くスタッフから、「世界が高齢化する中で大きな課題は認知症」と、認知症対策に力を入れていると聞いたことがある。認知症は、日本だけでなく世界的な課題なのだ。 

 あまり知られていないが、WHO健康開発総合研究センターは約20年前から神戸市にあり、政策研究などを行っている。今、WHO健康開発総合研究センターと神戸市と神戸大学が協同して、認知症に関する研究をしているそうだ。市内の70歳以上の高齢者に対し、健康チェック等を行い、どのような活動が認知症予防に効果があるのかを調べているという。ぜひ今度、取材してみたい。(パンダ)

介護家族の悲鳴 その3

うつ病の夫の世話

 ようやく家について、荷物を下ろし、息子も家に入って一段落、と言いたいところだがそうはいかない。夕飯を用意しなければいけない。息子もお腹が空くころだ。

 私達が帰ってきた音が聞こえたからか、夫が2階からゆっくりと降りてくる。私たちは、夫と息子の3人で暮らしている。私が「ただいま」と言うと、夫がぼやけた笑顔で「お疲れ様」と言う。夫は抗うつ薬抗不安薬のせいでいつもぼーっとしている。

 明るいうちに帰って果たさねばならない私の大事な仕事。うつ病で休職している夫の夕飯を作ることだ。しかし私は、睡眠不足と早朝からの農作業、長時間の運転、親の世話と家の整理などの身体的な疲労に加え、父の尿失禁による精神的ショックも受けていた。体はとうに音を上げていて、少しでいいから休みたかった。それでも料理だけは、と奮い立たせて台所に向かた。

 その間、息子には幼児向け通信教育ベネッセの教材キャラクター「しまじろう」のDVDを見ていてもらう。息子はしまじろうが大好きなので、夢中でDVDを見てくれる。その間だけは「ママ、遊ぼう」と言われることなく、家事ができるのだ。ベネッセの教材DVDは、私のようなワンオペ母親にとっては「教材」ではなく、「ワンオペ育児支援ツール」だ。

 どういうことかというと、この時期の子どもはとにかくいつもいつも「ママ、ママ」と連呼し、一緒に遊べという要求が強く、家事をさせてくれない。トイレにさえ行かせてくれなかったりするのが当たり前だ(あんたのご飯を作りに行くんだよ! と言いたくなる)。それが、夢中になってDVDを見てくれる。ずっと私にべったりで離れてくれなかった息子が、私の手を離れてくれる。「OHHH!!YEAHHHH!!!ワンダホー!!」と叫んで飛び跳ねたくなるのを抑えながら、静かにトイレに行き、食事の用意や洗濯、掃除などの諸々の家事をするのが毎晩だ(ちなみにベネッセを利用しているママ友の間では、ベネッセは「教材」ではなく「育児支援ツール(子どもの興味をママからそらす)」という意見は皆合致している。ベネッセがそこを意識してマーケティングしているか否かは知らないが、共働きが多くワンオペ育児の多い現代社会に実にフィットした商品だ。ベネッセ、グッジョブ!)。

 そんな息子やテレビの画面を、夫はソファに座ったままぼーっと眺めている。夫の口の端は、筋弛緩作用のある抗不安薬のせいで、いつもだらりと開いている。

 夫は去る5月末のある日、突然「俺はもう会社に行けない」と言って会社に行かなくなった。正確には、体が動かず、行けなくなってしまったのだ。なんとか引っ張って心療内科に連れていくと、うつ病と診断を受け、休職するようにと指示された。そして今もずっと休んで家にいる。

 夫が上司からのパワハラ苦しんでいるのは知っていた。そのせいで、一日に6リットルものビールを飲んでいるのも知っていた。日曜日は朝からビールを飲み、午前のうちに酔っ払って寝てしまっていた。早朝に出かけ、終電で帰ってくる夫。彼の部屋の中はビールの空き缶だらけで、リビング内に彼の体から発せられるお酒の臭いが充満していたこともあったほどだ。たまに顔を合わせる週末も、いつもつらそうで、酔っ払った顔は真っ赤だった。パワハラの話を聞いた時には「何か社長に訴えるとかできないの?」と聞いたが、真面目で優しい彼は「大丈夫」と言うだけだった。私にはなす術がなかった。

 そんな折に、彼の体の方が悲鳴を上げた。結果的には、休職することになってよかったと私は思っている。あのままだったら、彼は間違いなく完全なアルコール依存症になってお酒から抜け出られなくなるか、自殺していたと思うから。

 休職し始めた当初、彼は全く動けなくなっていた。抜け殻のようだった。排泄すら、私の方から促したほどだ。最初の2週間ほどは、完全に身の回りの世話をしてあげなければいけなかった。風呂も入れなかったから、体を拭いてあげたり、食事も食べさせた。トイレにも連れいていった。

 その2週間は、私にとって地獄のようだった。手のかかるイヤイヤ期の2歳児(まだ誕生日が来ていなかった)の世話と、ほぼ寝たきりの夫。そして日中に私は仕事をしなければならない。当時の私は、以前勤めていた会社が経営不振となって会社都合解雇されたところだった。昼間は、知人のご縁で紹介してもらった仕事をしたり、出版予定の書籍原稿を書いたりしていた。在宅にいることが多かったため、なんとか夫と息子の世話を両立していくことができた。

 しかし、夫がこれからどうなってしまうのかという不安は尽きなかった。何より、経済的な不安は大きかった。私自身が解雇されたばかりで収入が少なくなっていたため、夫の休職による収入減は不安に拍車をかけた。そして今まで元気だった夫が抜け殻のようになり、排せつすらままならない状態になってしまったこともつらかった。両親もそうだが、今まで元気だった大切な身内が弱っていくのは本当につらい。見ている家族側が精神的、体力的にやられてしまうということは痛いほどによく分かった。

 私は夫の体を拭きながら、有料老人ホームで清拭していた当時を思い出し、「高齢者の体とは、肌の張りも筋肉も全然違うな」などと妙に冷静に思っていた。まるで私の体から意識だけが幽体離脱でもしてしまったかのような感覚だったが、そうでもしなければ、私の心身がその状況に耐えられなかったのだろう。夫の状況と正面から向き合ったら、私の精神は崩壊していたかもしれない。(ぱんだ)

介護家族の悲鳴 その2

早朝からの農作業、往復8時間の遠隔介護

早朝4時半。既に父は起床して着替え、家の裏にある畑で農作業を始めている。私も父を手伝うため、作業着に着替えて畑に向かう。私は普段より睡眠不足の上に、昨日の疲労が残っていて、体が重たい。 

実家には、小学校のグラウンドぐらいの広さの田んぼと、その半分ぐらいの広さの畑がある。82歳のパーキンソン病患者に農作業ができるのかと思うが、できるのだ。いや、むしろ父にとってはこの農作業が唯一の生きがいであり、やめさせてしまったら冗談ではなく死んでしまうかもしれない。父は小さい頃からずっと田畑を耕し、農作物を作ってきたから(兼業農家だった)、作業は父の心身に染み付いている。老眼で手元は見えないはずなのに、細かい紐を結ぶこともできるし、肩関節や腰が痛いはずなのに鍬を振るう。今年も熱中症警戒情報が出る猛暑の中で、田んぼに肥料をまいたり、獣害対策のための網を張ったりもした。とてもではないが、普通の高齢者にできることではなないし、むしろさせてはいけないことのはずだろう。 

私はそんな父の思いを大切にしたいと思い、父より若い自分にできること(重たい作業道具や肥料運び、田んぼの肥料撒き、草刈りの手伝い、獣害対策用の網を張るための細かい作業など)を手伝っている。しかし、太陽の照り付ける中での慣れない農作業はとんでもなく疲れるし、疲労困憊する。今年40になる私だが、82歳の父に全くかなわない。大体いつも、私の方が音を上げて8時か9時ごろには家に戻る(夏の農家は、日中は作業はしない。早朝や夕方にするのが一般的)。 

息子はその間、認知症の母が見てくれている。母は孫と過ごすときは、認知症などどこかにいってしまったように元気になり、若返る。孫効果、恐るべしだ。元々責任感が強い母なので、孫に対して危ないことは絶対にさせないし、常に目を離さずにいてくれている。ただ、息子より母の体力がなくなることの方がほとんどなので、そうなると任せられなくなる。母が疲労する手前までは、息子の面倒を見てもらうことにしている。 

農作業から戻ったら昼ご飯の用意、他にも残っている片付け、諸々やることは山ほどある。農作業で疲弊した体を奮い立たせ、帰宅するまでの残った時間でできることを、優先順位をつけて片付けていく。 

実家は古く大きな家なので、無駄に広く、家財も多い。洋服もやたらと多い。しかしそれを誰が片付けるのかというと、私なのだ(最近はヘルパーも少し手伝ってくれている。しかし、国では「介護報酬で、要介護2までの『生活援助』を保険給付外へ」という議論が続いている。頼むからやめてくれ。遠隔介護の私がどれほど「生活援助」に助けられていることか!「生活援助」があるからこそ、両親の介護度は今以上に上がらずに済んでいるのだ)。一度整理してはどうかと両親に持ちかけたが、戦争を経験している両親は物を捨てることへの抵抗が強く、ケンカになった。以降、私は口出しをやめた。 

あっという間に昼になり、私は諸々の作業で疲れた体を少しだけ休める。これからまた4時間かけて運転するからだ。少しでも休んでおかなければたまらない。そして昼過ぎ、息子を連れて車に乗り、実家を出る。両親には「また再来週来るね」と言って。 

途中のサービスエリアで休憩せずに車を走らせれば、家まで3時間で帰ることができる。しかし、3歳児がチャイルドシートで3時間も我慢できるわけがない。途中のサービスエリアで降りて、アイスクリームを食べたり、遊んだりする。 

しかし、いつも困るのは、トイレなのだ。息子はオムツが外れかけているのだが、まだ大人用の便座に座れない(お尻が小さいから大人用便座では便槽に落ちる)ので幼児用便座の設置されているトイレでないと入れないのだ。しかし普段使っているサービスエリアには幼児用便座があるトイレが2つしかない。一般のトイレはたくさん設置されていて、行楽シーズンでさえトイレ待ちの行列など見たことがないほど空いている。それなのに幼児用便座のあるトイレには幼児連れの母親の行列が、必ず毎回できているのだ! ネクスコ西日本よ、幼児用便座なんて500円ぐらいなんだから、もう少し増やしてくれたっていいじゃないか。サービスエリアを使うのは家族連れが多いだろうし、それぐらいしてくれてもいいんじゃないか? 息子がぐずったら、農作業や家事で疲れた私は、16kgの息子を抱っこしながら行列を待つ羽目になるんだぞ。そして帰宅が遅くなるんだぞ。そして疲れた表情をした母親たちがこんなにがいっぱいいるんだぞ!! 以前よりマシと言われているらしいが、サービスエリアはまだまだ母親に優しくない! 

トイレを出て、サービスエリアの外の広場で息子としばらく遊ぶ。しかし『追いかけっこしよう』などと言われるのは本当に勘弁してほしい。父の尿失禁についての精神的ショックはまだ続いているし、睡眠不足だし、農作業や家の整理や親の世話、運転で、クタクタなのだ。 

それでもなんやかんやと遊んだ後、ようやく車に戻って家に帰る。途中、必ず渋滞する場所があるため、あくびをかみ殺して運転する。明るいうちに帰る方が、運転もまだ楽だ。 

そして私には、明るいうちに帰らなければいけない理由が、もうひとつある。(ぱんだ)

 

介護家族の悲鳴  その1

①始まった父の尿失禁

 

週末、3歳の息子を連れて二人で実家に帰った。要介護認定の更新について早く話しておかなければいけない。玄関から自宅に入ってすぐに居間に行き、父に声をかけようと近付いた。

 

父の1メートルほど手前まで近づいた時、あの独特のツンとしたアンモニア臭が私の鼻を突いた。その瞬間、私は自分が有料老人ホームで働いていた当時を思い出し、全身からざああっと血の気が引いた。

 

尿臭だ。私が有料老人ホームの相談員(兼ヘルパー)として働いていた頃、認知症の女性が入居していた。彼女は自分のおしっこを部屋中の家具や壁に塗り付けていたのだ。それもなぜかとても丁寧に。そのせいで、彼女の部屋にはいつも強い尿臭が立ち込めていて、私は部屋に入る前に息を止め、入ってから少しずつゆっくりと呼吸していたものだった。

 

その時のあの臭いが、父から発せられていた。

尿失禁が、始まったのだ。

 

恐らく私の表情は凍り付いていたと思うし、しばらくの間は動きが止まっていたと思う。そんな私が1メートル手前にいるにも関わらず、パーキンソン病のせいでどんどん反応が鈍くなりつつある父は、ソファに座ってテレビの囲碁番組をぼーっと眺めているだけで、私が来ていることにすら気付いていなかった。

 

私は自分の落ち着きを取り戻すために一度目を閉じ、ゆっくり深呼吸した。そして、耳の遠い父に向かって大きな声で「お父さん!」と声をかけた。

 

数秒後、ようやく顔をこちらに向けてゆっくりと父が「おう、着いたか」と答えた。

 

私は尿失禁のことには触れず、有料老人ホームにいた頃のように、ゆっくりと呼吸をしながら父の傍に座り、もうすぐ要介護認定の更新があること、そのために役所の担当者が来てあれこれ質問しにやってくることなどを伝えた。

 

「なんかよう分からんけど、任せるわ」

 

そう言って、父はまたテレビの方をむき、囲碁番組を見始めた。私は立ち上がり、居間から出て、認知症の母がどこにいるのかと家の中を探した。

 

私は隔週で実家に帰る、いわゆる「遠隔介護」をしている。父(82歳)はパーキンソン病、母(82歳)はアルツハイマー認知症と腎不全。普段は二人が老々介護をしてお互いに助け合いながら生活している。私が担当ケアマネジャーと密に連絡を取り、ヘルパー訪問やデイサービス、通所リハビリなど、介護保険サービスを使いながら、なんとか今の生活を保っている。どちらかの病気が重くなったら、施設入所など次の段階を考えなければいけない。

 

私と夫と息子の3人が住む自宅から私の実家までは、車で約4時間かかる。私は土曜日の朝6時に息子を連れて、車に乗って2人で家を出る。途中で休憩を挟み、着いた頃には昼前だが、やることが山ほどある。まず息子に昼食を食べさせ、両親の食事の用意も手伝う。そして息子に昼寝をさせる。両親も昼寝する。

 

ようやくここから、私の仕事が始まる。まずはたまっている郵便物の整理からだ。

 

それにしても、ついに、ついに尿失禁が始まってしまったのか・・・。私は想像以上にショックを受けていたようで、なかなか作業に移れず、何度も先ほどの尿臭と父の姿を思い出しては、ため息をついた。元気だった父が尿失禁するようになってしまうとは。とにかくショックで、悲しかった。

 

しかし、悲しんでばかりもいられない。限られた週末の時間内にやることはやらねば。介護保険サービス関連の領収書や年金の通知書、ダイレクトメールなどに挟まって、重要な役所からのお知らせや手続きの書類があったりするから気を付けなければいけない。役所も大事な書類は派手な封筒や目立つ文字にするとかなんとかしてくれないものか。茶色い封筒にシンプルに書かれている郵便物では、とても大事な書類には見えない。私ですらそうなのだから、高齢者にはなおさらのはずだ。父は重要な郵便物が届いていてもほぼ気付かないし、母はそもそも仕分けができない。そのほかにも回覧板を止めていてしまったり、隣保の集まりへの出欠表明を出していなかったりなど、細々としたことが色々ある。「紙類」の仕分けは結構面倒なのだ。

 

その後、部屋の片づけをする。認知症の母は買い物用ビニール袋の中に下着を全部詰めてしまっていたり、大事な書類を押し入れの中にしまい込んだりしていることがあるので、あるはずの洋服や書類、家財、道具類があるべきところになかったりすることがしょっちゅうだ。他にも洋服があちこちに散乱しているので、片付けたりする。

 

ああ、眠たい。運転は疲れるし、家の片づけは結構体力も使って疲れる。おまけに先ほどの尿失禁による精神的ショック。私はため息をついたり、あくびをしたりしながら、ソファの下に隠すようにしまい込まれていた母の下着を引っ張り出した。こちらもキツイ尿臭がする。母は尿漏れを父に知られると怒られると思い、隠したのだろう。私はその下着を洗濯機に放り込み、洗剤に加えて漂白剤も多めに流し入れる。

 

夕方になったら夕飯の買い出しをして、料理を作る。私は疲れ過ぎているので、椅子に座りながら料理をする。そして夕飯を食べながら、両親に今困っていることはないか、病状はどうかといった話をする。何かあれば、ケアマネジャーに連絡しなければいけない。

 

疲れた体を奮い立たせながら、息子に夕飯を食べさせ、風呂に入れ、歯を磨かせる。寝かしつける頃には22時を回る。両親は20時過ぎには寝てしまう。私は早朝から動きっぱなしで、また精神的なショックも受け、既に疲労困憊だ。しかし最も大変なのは、翌朝なのだ。(ぱんだ)

 

「介護ロボット」を見た!

「映画『タイタニック』で有名なあのシーンです! 船上でヒロインが手を広げて、後ろからディカプリオが彼女を倒れないように支えている。実際はこれをやっているわけです」。 

そう話すのは、兵庫県内にある特別養護老人ホームの職員。別に、レクリエーションで「タイタニック」の真似事をしているわけではない。彼が説明しているのは、最新式の腰痛防止用介護ロボットの使用感だ。厚労省は介護職員の負担軽減や腰痛予防のために介護ロボットの導入を奨励しており、導入する施設には国や自治体から補助金が出る。この施設も、補助を受けて腰痛防止用介護ロボットを一台導入し、現場で利用している。 

介護と腰痛の関係がイマイチピンとこないという方のために簡単に説明しよう。介護現場では、時には80kg以上あるような体格の大きい男性を、ベッドから椅子に座らせたり、車いすから車の座席シートに移らせたりすることがある。この時、介護職員が要介護者の全体重を支えることになるのだが、その際に最も負担のかかるのが腰なのだ。腹筋や背筋、体幹などをバランスよく使い、移乗のコツを掴んで慣れてくればできるようにもなってくるのだが、そう簡単な話ではない。元々やせ形で筋肉量が少なかったり、背が高くて腰を曲げる頻度の多い職員は腰痛を起こしやすい。介護現場ではほかにも、腰痛を起こしやすい姿勢をとることが多い。筆者は介護現場で働いたことがあるが、2回ギックリ腰を起こし、1週間入院したことがある。 

腰痛が原因で離職せざるを得ない介護職も多く、腰痛は国の検討会でも話題に上がるほどの課題になっている。また介護現場は慢性的な人手不足で、介護職の負担軽減のためとして国の介護ロボットにかける期待は大きく、今年度から厚労省内に「介護ロボット開発・普及推進室」を設置し、「介護ロボット担当参与」を配置するほどの気合の入り具合だ。(その意気込みがよく伝わる、厚労省にしては作り込まれたたサイト。こちら )

 実際の腰痛防止用介護ロボットだが、腰回りを包み込むような形の器具を中心に、上半身に幅10センチ程度のベルトを2本巻き付け、膝にも同様のベルトを巻き、器具と繋がっている。さらに体にシールを添付するのだが、脳波を拾うシステムが組み込まれている。これらの器具が連動して体の動きをサポートする仕組みになっている。職員が腰をかがめようとした時、システムが脳波を拾い、さらに腰に負担がかかりそうな姿勢になった時、ロボットが先述の「タイタニック」の力を発揮する。膝にあるベルトに力が入って全身を支える格好となり、それ以上腰を曲げられなくなる。最も腰に負担のかからない姿勢で、またベルトが体を支えてくれた状態で作業を行えるため、腰への負担が軽減されるという仕組みだ。あくまで腰の動きを支えるためのロボットであるため、例えば重いものを持ち上げるなどといったパワーを発揮するようなものではない。

 市の担当者に話を聞くと、今の介護ロボットの主流は大きく3つだという。

  1. 上述のように介護職の負担を軽減するもの(腰痛防止、お風呂用リフト、自動排せつ処理装置、認知症の方の見守りセンサーなど)
  2. 要介護者本人の体に装着し、自立を支えるもの(脚に装着して歩きやすくするもの、歩行アシストカーど)
  3. 会話型ロボット(AIを搭載。一人暮らしや認知症高齢者などの話し相手になる)

 ただ、どれも発展途上で改善の余地は大きいという。例えば上述の腰痛防止用ロボットは3キロという重さなので、装着自体が腰痛の引き金になる人もいるかもしれない。操作に慣れるまでにも時間がかかるという。そして何より高額だ。この施設が導入した腰痛防止ロボットは約300万円。半分は公的補助だが、半分は施設側が負担している。腰痛防止はどの現場でも課題のはずだが、そこに150万円出せるかというと、経営者も頭を悩ませるだろう。またその施設の職員数約110人に対し、介護ロボットは1台。全員が好きな時に使えるわけでもない。まだまだ介護ロボットの導入は模索中という段階なのだろう。(ぱんだ)